松本零士さんが、2月13日の午前11時、急性心不全のため亡くなったというニュースが流れた。
直撃世代の私としては、非常に悲しい知らせだった。
「銀河鉄道999」や「宇宙戦艦ヤマト」、「宇宙海賊キャプテンハーロック」といった作品は、少年時代に再放送や、映画で何度見返したことだろう。
生い立ち
少し松本零士さんの生い立ちを調べてみた。
1938年(昭和13年)、福岡県久留米市に生まれる。完全に九州男児だ。
父親は、下士官からの叩き上げで、陸軍少佐にまで上った大日本帝国陸軍の軍人であり、また陸軍航空部隊のパイロットでもあったそうだ。
母親の実家がある愛媛県喜多群新谷村に疎開していた。
このとき、松山市に空襲に向かうB29などの軍用機を多数目撃、この体験が後の作品に影響を与えたという。
☆漫画家デビュー
漫画家としてのデビューは早く、1954円(昭和29年)と高校一年生のときの投稿昨「蜜蜂の冒険」だそうだ。
そのときから既に知られた存在で、手塚治虫が九州で原稿書くときにはアシスタントを頼んだといいうエピソードもある。
それだけ当時から実力があったということだろう。
当時の作家さんは、本当に若いうちから現役のプロとして活躍していることが多い。
☆アニメを通じて知った名前
子供の頃には、「松本零士さん」の名前は、漫画家というよりも、アニメ作家というイメージが強かったように思える。
「宇宙戦艦ヤマト」では、キャラクターとメカニックデザイナーとして参加している。
「宇宙戦艦ヤマト」は明らかに戦艦大和なんだが、第三艦橋を見ると明らかに着地出来ないし、波動砲は衝撃だった。
また、「銀河鉄道999」おいては、明らかに蒸気機関車が空を飛んで、宇宙を走っている。
子供ながらに、なんだか凄いと思ってしまったものだ。
「宇宙海賊キャプテンハーロック」では、アルカディア号の船尾楼は、昔の海賊船のイメージそのままだ。
アニメの描写で好きなのは、壮大な宇宙空間を感じさせるところだ。
テレビマンガと言っていた時代に、宇宙空間は真っ暗で、星が点々としている描写が多かったのだが、松本零士さんが携わった関係からか、銀河系が広がっているイメージに子供ながら圧倒された記憶がある。
当時の思い出を語ると長くなるので、このあたりでやめておこう。
☆原作マンガを読んだのは
原作漫画を読んだのは、アニメを見てから大分経過してからだろう。
「銀河鉄道999」は、当時の掲載は少年キングだったのだが、知名度は低かったので、コミックスか、愛蔵版、文庫本で読んだ記憶がある。
愛蔵版や文庫本では、カラー原稿がとても魅力的だった。
残念ながら雑誌でみることは、なかったが少年誌のカラーページは、さぞ綺麗だったのだろう。
やっぱり宇宙空間が広がる様子は、とてもキレイ感じた。黒一色ではなくて、青とかも入り交じっていて、とても印象的だった。
あとは、なんといっても999機関車のボイラー内部にあるメーターだろう。黒ベタの中に浮かぶメーターが非常に独特のイメージで描かれている。
エピソードでは、主人の星野鉄朗が毎回停泊する星に降り立つと誘拐される場面が多い。
時には、「この星で、私と一緒に暮らすの」と言われたような話が何度か見た記憶がある。
それと銀河鉄道999は、運行を止めることもないと言いつつも、幽霊列車だったか、脅迫に屈して停止するシーン何回見たことか。
クイーンエメラルダス号にも停止させれれたような気がする。
それと食堂車のビフテキも捨てがたい。どうして松本零士さんの食べ物は、写実的にかかれているのだろう。
非常に美味しそうに見えるのだ。
ラーメンも日常的に、出てくるのがいい。
「男おいどん」では、大山昇太がいつも涙ながらに、ラーメンライスを食べる。
外人さんから見たら、どう思うだろう。「ナゼ!ナキナガラ、ヌードルヲ、ススルノデスカ!」と、
これは、日本人にしかわからない!(ホントか?)
外国の方が四畳半一間で暮らすイメージはないはずだ。
ここでもラーメンに卵が入っているのだが、半熟の感じがとても美味しそうだった気がする。
999で見たのかなぁ。
とにかく松本零士さんの作品には、必ずと言っていいほど食事シーンは欠かせない。
メーテルも言っていた。「食べられる時に食べておきなさい!」と。
☆余談だが
「松本あきら」名義で、少女マンガを書いていたというのも、想像できない。
同世代の石ノ森章太郎さんもそうだが、当時の漫画家は、ジャンルを問わずに何でも書いていたようだ。
横山光輝さんも、「魔法使いサリー」を書いていたっけ。
また、「松本零士」の”零士”は、真夜中の戦士からきているらしい。
☆最後に
長々と書いてしまったが、それだけ直撃世代の私は強い影響をうけたのだ。
無限の宇宙をゆく各キャラクターたちの航海は、永遠に続くのだろう。
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